このほど、会計検査院より平成27年度決算検査報告が公表されました。
会計検査院が指摘した事項の中に「国外に所在する中古の建物に係る所得税法上の減価償却費について」というものがあり、海外不動産の耐用年数が建物の状況に適しておらず、耐用年数が短すぎることから、海外不動産について減価償却費の計算方法の見直しを検討するよう財務省に求めています。
これは、富裕層による海外不動産を利用した所得税の節税を封じ込めることを意図しています。
会計検査院が指摘した項目については、後に税制改正されることも少なくなく、海外不動産を利用した所得税の節税が近いうちに封じ込められる可能性が出てきました。
会計検査院がどのような情報の分析を行い、その結果どのように考えているのかを理解することはとても重要であるため、税理士長嶋の私見を加えて要点をまとめてみました。
なお、この税理士長嶋のブログをご覧のみなさまにおかれましては、海外不動産を利用した所得税の節税はご存じである方がほとんどだと思いますので、細かい仕組みの解説は省略しますことご了承ください。
【海外不動産について簡便法により減価償却費を計算することに問題がある】
会計検査院が問題視したのは、減価償却を行う際の耐用年数を簡便法により計算することです。
中古で購入した海外不動産について使用耐用年数を見積もることが困難な場合には、簡便法により耐用年数を「法定耐用年数×20%」で計算することができます。
法定耐用年数の全部または一部を経過した中古資産の耐用年数を簡便法により計算する際に用いる「20%」は、次のような経緯で定められました。
・昭和26年通達「法人税法等の改正に伴う法人税の取り扱いについて」において定められた
・平成10年の税制改正においても20%の割合が維持され、現在に至っている
20%の割合が定められた昭和26年当時、日本と外国との間の取引が制限されていたことを考えると、この20%という割合は日本国内にある資産を想定して設けられたものであると考えられるが、現在においては自由に外国の資産を取得できる状況にある。
【会計検査院による検査】
会計検査院は、次の3つの視点から平成23年から25年の所得税の確定申告書の検査を行いました。
(1)減価償却費の計算方法
(2)減価償却費が所得税の負担にどのような影響を与えているか
(3)海外不動産の建物の減価償却費の計算方法が建物の状況に適しているか
検査対象となったのは、次の10の税務署、28349名です。
・麹町
・京橋
・芝
・麻布
・四谷
・目黒
・雪谷
・玉川
・渋谷
・芦屋
(1)減価償却費の計算方法
・海外不動産が所在する国は、アメリカ・イギリスで全体の3/4を占める
・耐用年数を4年として減価償却費を計算しているのは、海外不動産の約半数を占める
・耐用年数を簡便法で計算しているものが相当数ある
・賃料収入と減価償却費を比較すると、海外不動産のうち83%が減価償却費が賃料収入を上回っている
会計検査院が注目しているのは、賃料収入と減価償却費を比較し、減価償却費が賃料収入を上回るケースがほとんどであることから、簡便法の耐用年数が建物の実際の使用期間に適していない(耐用年数が短すぎる)という点です。
(2)減価償却費が所得税の負担にどのような影響を与えているか
・海外不動産について不動産所得が損失となっているのは、海外不動産を所有する者のうち84%に達する
・不動産所得が損失になっている原因は、海外不動産による多額の減価償却費
・海外不動産について減価償却費を計上していた者のうち4%が、平成25年中に海外不動産を売却していた
・海外不動産について減価償却費を計上していた者のうち10%が、平成23年から25年中に日本から出国し、非居住者となっている
会計検査院が注目しているのは次の2点です。
・海外不動産を売却すると分離課税により所得税が計算されることから、総合課税で課税されるよりも所得税の税負担が軽くなってしまう
・海外不動産を利用して所得税を節税していた者が日本から出国し非居住者になることで、将来的に日本で課税されるはずの所得税が課税できない
(3)海外不動産の建物の減価償却費の計算方法が建物の状況に適しているか
・海外不動産について、簡便法での耐用年数が建物の実際の使用可能期間に適していない可能性があると認める
・賃料収入を上回る減価償却費が計算されることで、不動産所得が損失となり、給与所得などと損益通算が行われることで、所得税の負担が減少する
会計検査院の意見として、次の2点を指摘しています。
・財務省においては、減価償却費のあり方について、公平性を高めるように検討を行う必要性がある
・会計検査院として、海外不動産の減価償却費について、今後も引き続き注視していく
会計検査院として、財務省に対して税制改正を促しているものと受け止めることができるでしょう。
【無料や安価な情報に頼っている人は情報弱者】
海外不動産による所得税の節税を封じ込める。
この会計検査院の動きについての税理士長嶋の感想は「やっと動き出す」という印象を受けます。
その理由は、海外不動産による所得税の節税があまりにも有名になりすぎました。
その昔は、知る人ぞ知る手法でしたが、インターネットが普及した昨今においては、インターネットで簡単に節税の情報を入手することができるようになりました。
日本における節税の歴史を振り返ってみると、節税商品が新聞・週刊誌などに掲載されると、その後必ず税制改正が行われています。
近いうちに、海外不動産による所得税の節税も封じ込められることでしょう。
日本人の多くが誤解していることですが、インターネットで検索すればどんな情報でも無料で手に入ると思い込んでいます。
しかも、その情報がすべて正しいという前提で、正しいかどうかの精査をしているかどうかも疑問に感じるところです。
インターネットや税務署などの税務相談などで入手できる無料の情報、あるいは週刊誌や書籍などの安価な情報。
これらの情報は値段相応であることは言うまでもなく、早期に税制改正が行われ、節税効果が薄い「安かろう悪かろう」になることは当然のことです。
常識的に考えて、核心をつくノウハウが無料や安価で手に入るはずがありません。
無料や安価な情報に頼って物事を判断している方がいらっしゃれば、その方はご自身が情報弱者であると認識する必要があるでしょう。
【相続税対策参考ブログ】
・高額所得者のための所得税の節税
・相続税対策とマレーシア不動産投資(2014/06/17)
・少人数私募債による節税、平成26年度税制改正で封じ込め(2013/12/28)
・海外不動産で節税は時代遅れ(2013/09/21)
・少人数私募債による所得税の節税は税制改正により効果がない(2013/03/31)
