相続税対策ブログ
HOYA創業家古典的な相続税対策で90億円の申告漏れ
東証1部上場の光学機器大手「HOYA」の創業家が資産管理会社(持株会社)を利用して自社株の相続税対策を行ったところ、国税はHOYA創業家の相続税対策を認めず90億円の申告漏れを指摘し、過少申告加算税を含む相続税約50億円の追徴課税を行いました。
この報道から税理士長嶋には次の2つの疑問が浮かび上がっています。
(1)HOYA創業家が相続税対策を開始した2014年当時、酷似する手法でトステム創業家が110億円の申告漏れを指摘されている。
まさかHOYA創業家はトステムの事例を知らなかったのか?
(2)HOYA創業家が選択した手法は、2016年にキーエンス創業家が1500億円の申告漏れを指摘された手法と非常に酷似している。
当時税理士業界内で疑問視されていた手法であるのに、HOYA創業家はなぜそんな危ない橋を渡ったのだろうか?
(読売新聞:2021年4月18日)
【独自】HOYA元社長遺族、遺産90億円申告漏れ…株移転で財産圧縮に国税「不適当」
(一部抜粋)
関係者によると、鈴木氏は亡くなる前年の14年、保有していた百数十億円分のHOYA株を自身の資産管理会社「エス・アイ・エヌ」(さいたま市)に現物出資し、エス社の株式を取得した。
エス社はその後、別の資産管理会社「ティ・ワイ・エッチ」(同)の全株式を取得して完全子会社とした上で、鈴木氏から出資を受けたHOYA株をティ社に寄付していた。
エス社とティ社は親子関係で「グループ法人税制」が適用されるため、寄付に対する課税はされなかった。
鈴木氏の死後、遺族はエス社株を相続。
この際、まずエス社の保有資産であるティ社の株価を算定し、その株価を反映させる形で、エス社の株価を約20億円として相続税を申告した。
これに対し、同国税局は、ティ社が保有する巨額のHOYA株の価値が反映されていないのは「著しく不適当」と判断。再評価規定を適用し、エス社の株価を約110億円と算定し直した上で、差額の約90億円を申告漏れと指摘した。
【自社株転がしは古典的な自社株の相続税対策手法】
自社株の相続税対策で国税から申告漏れを指摘され、税務訴訟にまでなる事例は決まってこの手法、複数の資産管理会社(持株会社)を絡めた「自社株転がし」。
税理士長嶋はこの手の手法をいつも「自社株転がし」と表現しています。
「自社株転がし」はとても古典的なやり方で、西武グループ創業の堤家が考案したもの。
西武鉄道やプリンスホテルなど西武グループの持株会社として非上場の「コクド」が約70社のグループ会社の株式を直接・間接に所有し、コクド株を所有する堤家が西武グループを支配する図式。
資産管理会社(持株会社)であるコクドを赤字にしたり、会社の保有資産から算定するのではなく、業種が類似する上場企業の株価を参考にする「類似業種比準方式」を選択するなど、非上場株は上場株よりも株価操作が容易であり、コクドの株価を低減できれば、相続税を圧縮できる。
当時の税法では、資産管理会社(持株会社)を何層にも絡めれば絡めるほど節税効果が大きく出てしまう仕組みになっていたため、国税は税制改正で西武グループ堤家の節税効果を封じ込めた歴史がある。
西武グループが考案した「自社株転がし」は昭和の話、それが平成・令和と時代が移り変わっているのに、日本を代表する上場企業の創業家とあろうお方がなぜいまだに古典的な「自社株転がし」に固執しているのか。
税理士長嶋にとっては摩訶不思議なことです。
【HOYA創業家はトステム創業家の事例を知らなかった?】
HOYA創業家が資産管理会社(持株会社)を利用して自社株の相続税対策を実行したのは2014年。当時同じく上場企業のトステム(現LIXIL〈リクシル〉)創業家が国税から110億円の申告漏れを指摘されたとの報道があり、2014年当時税理士長嶋のブログ「トステム創業家110億円申告漏れ、相続税60億円追徴課税」にてご紹介をしていました。
HOYA創業家が選択した今回の手法はトステム創業家と酷似しており、顧問税理士や創業家は新聞報道など世の中から情報収集しようとはしなかったのでしょうか。
HOYA創業家が事前にトステムの事例を知っていれば選択することはしなかったと思うのですが、まさかHOYA創業家はトステムの事例を知らなかったのでしょうか。
税理士長嶋にとっては摩訶不思議なことです。
【税理士業界で疑問視されていた手法をHOYA・キーエンス創業家は選択した?】
2016年に上場企業のキーエンス創業家が資産管理会社(持株会社)を利用して相続税対策のために株式の贈与を行ったものの、国税はキーエンス創業家の相続税対策を認めず1500億円の申告漏れを指摘しました。
2016年当時税理士長嶋のブログ「キーエンス創業家相続税対策に失敗、株式贈与1500億円申告漏れ」にてご紹介をしておりましたが、今回HOYA創業家が選択した手法はキーエンスの創業家が選択した手法と非常に酷似しています。
HOYA・キーエンスともに日本を代表する上場企業、その創業家が相次いで非常に酷似する手法で追徴課税を受けた事実は偶然ではないと考えます。
実は、このような手法は2010年頃からある特定の税務コンサルが流行させ、税理士業界でも疑問視されていたことをみなさんはご存知でしたでしょうか。
残念なことに、上場企業創業家とあろうお方が相次いで特定の税務コンサル・税理士法人に乗っかってしまったように個人的には見え、とても偶然だとは思えません。
【創業家の名前に傷をつけるくらいならまともに相続税を払ったほうがいい】
税理士長嶋がお客様に必ずお話することは「創業家の名前に傷をつけるようなことになる相続税対策はお止めになったほうがいい」です。
上場企業創業家が「自社株転がし」のような中途半端な小手先のテクニックで自社株対策を実行し、国税から否認されるようなことにれば、今回のHOYA創業家のように必ず全国紙で報道されます。
創業家の名前に傷をつけるくらいなら、まともに相続税を払ったほうがいいと税理士長嶋は考えます。
上場企業でなくとも、地元の名士の方が追徴課税されるようなことがあれば、地元紙に掲載されます。
過去のご相談事例では、追徴課税されたことが匿名で新聞に掲載されているのに、会社の取引先から「この記事、社長の会社のことですよね?」と早朝から電話が鳴りやまなかったというものがあります。
匿名報道だったとしても、地元の方が新聞記事を読めば、その背景からどこの会社なのかわかるのは当たり前のことです。
私どもの過去の経験では、上場・非上場問わず、賢明な創業家は「創業家の名前に傷がつかないことが前提」という条件をむしろ創業家側が提示されます。
【資産管理会社を利用した自社株の相続税対策はよく考えたほうがいい】
HOYA創業家が選択した今回の自社株の相続税対策は、古典的な「複数の資産管理会社を絡めた自社株転がし」でした。
例えば、事業会社一つ、資産管理会社(持株会社)一つのシンプルな形態であれば問題はないのか?といえば、まったくそうではありません。
事業会社一つ、資産管理会社(持株会社)一つのシンプルな形態であった場合でも国税から否認され、税務訴訟にまでなっている事例が2016年以降多発していることをみなさんはご存知でしょうか。
2016年当時、銀行から勧誘された自社株対策が国税から否認され、税務訴訟が多発していることを税理士長嶋のブログ「銀行が主導した自社株の相続税対策が国税から否認され訴訟に」にてご紹介しました。
毎日新聞出版社の担当者から執筆依頼があり「週刊エコノミスト2017年1月31日号」にて解説を行いました。
自社株の相続税対策として資産管理会社(持株会社)を利用するにしても、顧問税理士・税務コンサル・銀行などは「国税の監視が厳しくなりますがそれでもいいですか?」と一言添える配慮が必要ではないでしょうか。
【では自社株の相続税対策はどうすればいいのか?】
税理士長嶋は従来からある下記のような古典的な自社株の相続税対策は「まったく意味がない」と否定し続けています。
・自社株の株価引き下げ
・会社分割
・生前贈与
・持株会社の設立
・自社株買い
HOYA創業家が選択したのも古典的な「自社株の株価引き下げ」のために資産管理会社(持株会社)を活用するというもの。
西武グループが考案した「自社株転がし」は昭和の話、それが平成・令和と時代が移り変わっているのに、日本を代表する上場企業の創業家とあろうお方がなぜいまだに古典的な「自社株転がし」に固執しているのでしょうか。
税理士長嶋にとっては、ただただ「摩訶不思議」という言葉しか出てきません。